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福岡高等裁判所 平成元年(う)368号 判決 1990年7月19日

本籍

福岡県山門郡大和町大字豊原七六三番地

住居

同県大川市大字一木一〇五八番地の七

会社役員

高口多吉

昭和一三年一一月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成元年八月三一日福岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官小谷文夫出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人永尾廣久、同村井正昭が連名で差し出した控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官小谷文夫が差し出した答弁書にそれぞれ記載されているとおりである(なお、弁護人は、控訴趣意書の第一は、訴訟手続の法令違反を主張するものである旨釈明した。)から、これらを引用する。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、昭和六二年一月二六日国税査察官により被告人方事務所及び居宅に対してされた捜索、押収は、その現場の立会人である被告人の妻に対し令状が示されないまま行われ、また、その際、査察官によって被告人の妻に暴行が加えられ、同女によって押収品目録の確認もされていないのであるから、その際押収された書類等は、すべて違法収集証拠として排除されるべきであるのに、原判決は、この点を不問に付したまま、右押収によって直接、間接に得られた証拠に基づいて原判示の各事実を認定しており、これは控訴手続の法令に違反したものである、というのである。

しかし、原審記録及び証拠物を調査しても、所論の捜索、押収に違法、不当な点があったことを窺わせる証跡はなく、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、右捜索、押収に、格別取り立てて問題とする程の違法、不当な点があったとは窺われないから所論は採用の限りでなく、論旨は理由がない。

控訴趣意中、事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人の供述調書にら信用性がなく、1 架空仕入について、原判決には事実の誤認がある、2 アルバイト従業員の給与についての原判決の認定は不合理であり、事実を誤認している、3 短期譲渡所得の原因は、償却済資産を誤って計上していたこと等に起因するものであって、意図的に所属を隠し、脱税を計ろうとしたものではない、4 昭和五九年の期首棚卸高は、同年の売上金額や昭和六一年の期首棚卸高及び金額などと対比すると、過少に認定されているといえる、というのである。

しかし、原審で取り調べた証拠によれば、被告人の供述調書には信用性があるものと認められるうえ、原判示の事実は、所論の点を含めて十分認めることができ、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決の右事実の認定に誤りがあるとは考えられない。すなわち、

1の所論は、具体的な事実誤認の主張がないうえ、関係証拠を調査しても、この点に関する原判決の認定に誤りは見出せない。

2については、所論は、一定の売上増に対しては一定の割合で人件費が増加するであろうと考えられるところ、修正損益計算書によると、昭和五九年度の売上は、七億〇五二四万五六〇五円であるのに対し、昭和六一年度の売上は、四億三三六一万二七〇一円であり、下がっているのに、昭和五九年度の人件費中のアルバイト従業員の給与を含む雑費は、五六五万八三七三円(控訴趣意書に五五三万四七七三円とあるのは誤記と認める。大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料(検五号)四枚目参照)であるのに対し、昭和六一年度の同雑費は、八四六万一二九三円であり、逆に上がっているのは不自然であり、昭和五九年度の右雑費の額が少な過ぎるなどというのである。しかし、売上が下がったときに、アルバイト従業員の給与を含む雑費が必ず下がるともいえないので、所論のような推論だけで、昭和五九年度右雑費の額が少な過ぎるというこきはできない。そして、この点に関するその余の所論も、被告人(二通、検四四号、四六号)及びその妻高口静代(検二八号)の検察官に対する各供述調書を含む関係証拠に基づく原判決の事実の認定を左右するものとうことはできない。

3の所論は、その趣旨が必ずしも明らかでないが、大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料(検五号)及び被告人の検察官に対する供述調書(検四四号)を含む関係証拠を調査しても、譲渡所得に関する原判決の認定には、故意の点を含めて、誤りは見出せない。

4の所論は、的確な証拠に基づく主張とはいえないものであって、原判決挙示の関係証拠に基づく原判決の事実の認定を左右するものということはできない。

以上のとおりであって、各所論はいすれも採用できず、論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人に対する原判決の刑の量定は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は、家具製造業を営んでいた被告人が、将来の業績の落ち込みに備えて自分の財産を少しでも多く蓄えておきたいなどという動機から、自己の所得税を免れようと企て、昭和五九年度から同六一年度までの三年間にわたる各所得税確定申告において、売上の一部を除外し架空仕入を計上するなどしてその所得を秘匿したうえ、内容虚偽の過少申告(三年間の実際総所得金額の合計が三億八七四五万八八七四円のところ、申告総所得金額の合計は四三七九万五九二四円に過ぎず、申告所得の割合は約一一パーセントであり、また、三年間の正規の所得税額の合計が二億二六〇三万六四〇〇円のところ、申告した所得税額の合計は一一二一万二八〇〇円に過ぎず、逋脱率は約九五パーセントにのぼる。)をして、合計二億一四八二万三六〇〇円もの多額の所得税を免れたという事案であって、脱税の割合、額ともに大きく、その犯行の動機も酌量の余地に乏しいことを考えると、被告人の刑事責任を軽視することができず、被告人が、本件査察を受け起訴されたことにより社会的信用を低下させ、その営む家具製造業に多大な打撃を受けるなど、すでに相当の社会的制裁を受けていること、被告人には多額の納税義務が残っていること、被告人が前科を有しないものであり、本件犯行に及んだことを反省していることなどの被告人に有利に酌むべき諸事情を十分考慮しても、被告人を懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円に処し、三年間右懲役刑の執行を猶予した原判決の刑の量定は、罰金額の点を含めてやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

それで、刑事訴訟法三九六条により本件控訴棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雑賀飛龍 裁判官 近江清勝 裁判官 濱崎裕)

平成元年(う)第三六八号

○ 控訴趣意書

被告人 高口多吉

右の者に対する所得税法違反被告事件について、弁護人は左記のとおり控訴の趣意を申述する。

一九九〇年一月九日

右弁護人 永尾廣久

右弁護人 村井正昭

福岡高等裁判所

第二刑事部 御中

第一、原判決には法令の適用に誤りがある。

一、違法かつ不当な本件捜索・押収の実態

1.一九八七年一月二六日朝八時頃、福岡国税局所属の査察官が被告人自宅に突然訪れた。この時、被告人は前夜から伊勢参りに参加すべく自宅を留守にしていた。

右査察官らが、被告人宅を捜索にやってきたとき、ちょうど、被告人の営む「高口家具工芸」では毎朝定例の朝礼の最中であった。被告人の妻静代(以下、単に「妻静代」という。)は、事務所に人影を発見したので、お客の来訪と思い事務所内に入っていったところ、男らは入口のドア付近で身分証明書らしきものをチラリと示して「国税局から家宅捜索に来た」と告げた。妻静代は、その身分証明書を読みとることも出来なかった。

妻静代は、税務署が来たことを事務員に連絡すべく、階段をおりかけたところ、氏名不詳(平野某と思われる)の査察官が「どこへ逃げるのか」「何してるのか、おまえ」などと怒号して、妻静代のえり首を背後からつかまえ、引っぱった。妻静代は、いきなり首が強く締められた感じで、一瞬息も出来ないほどであった。同時に、首が強く引っぱられたため、妻静代は右階段の手すり部分に腎部を強打し、同部分に赤いあざが出来てしまった。

まったく罪人扱いされ暴行された妻静代は、怒りを抑えて、ようやく平静心を取り戻し、その査察官に対して「今日は、主人がいません。私は許可できません」と言ったところ、「どこへ行っているのか」という質問が返ってきた。「昨夜から、三社まいりに出かけています。今頃は船の中です」と妻静代が答えると、右査察官は、静代に対して相変わらず「今から連絡とる。どこか教えろ」という強圧的な対応であった。

妻静代がこのように拒否したにもかかわらず、被告人の事務所内の捜索が開始された。このとき、令状は妻静代には示されていない。

2、被告人の居宅は、事務所の上の階(三階)にあり、ここでも査察官らの立入り捜索が始まったが、これまた令状を示さないままであった。しかも、素手の男手でタンスの内部をひっかきまわしたため、妻静代の和服類は手垢で汚れ、衣類は乱れてしわがよってしまった。この点については、途中でそれに気付いた妻静代の抗議によって、それ以後、査察官らは白手袋を着用しての捜索に改めた。

妻静代は、まったく罪人扱いのまま、令状も示されず、査察官の強引な振舞いをただ唖然として見守るほかはなかった。

査察官らは、この日夜一〇時過ぎにようやく被告人宅を引上げていったが、その際妻静代に対して差押品をひとつひとつ確認することもなかった。茫然自失、気も動転したままだった妻静代は、まったく何が差押さえられ持ち去られたのかもわからないままであった。

二、違法収集証拠は排除されねばならない。

1、本件捜索・押収の際に、このように査察官による暴行が加えられたということはきわめて重大なことである。たとえ捜索・押収令状が発布されていたとしても、現場の立会人に対してこのような暴行を加えて、その威迫のもとに捜索・押収された証拠物は当該捜査から排除されるべきものと考えられる。

2、しかも、本件では、被告人自宅についての捜索・押収については、暴行を加えられた被害者である妻静代のみが立会ってなされたものであり、その押収品目録も確認されていないというのである。

3、結局、被告人自宅から押収された書類当はすべて違法収集証拠として排除されるべきである。にもかかわらず、原判決はこれらをすべて不問に付してしまっているのであるから、ここには法令の適用の誤りがあるというべきである。

第二、原判決には重大な事実誤認があり、破棄を免れない。

一、被告人の供述調書には信用性に欠けるところがある。

1、被告人は、同年一月二六日朝、苅田港からサンシャイン号に乗船しているところを突然呼び戻されて、大川税務署に「任意同行」という名目で強制連行された。

被告人は、その後連日にわたる取調べに対しては誠心誠意これに応じて協力したのであるが、なにしろすべての書類が国税局に押収されていて、時折帳簿を示されることはあるものの、ほとんどまったく記憶のみに頼って答弁せざるをえなかったため、被告人の供述調書には不正確なところが多々ある。

2、しかも、本件の早期決着を願う気持ちから、被告人はかなり取調官に迎合した面があり、その意味からも被告人の供述調書には真実に相反する部分が少なくない。

3、従って、被告人が本件公租事実に対して正確に認否し、適正な防禦権を確保するためには、検察官手持ち証拠を、この控訴審において改めて全部開示することが必要である。

二、具体的事実誤認の例

被告人に対して今開示されている書証によって現段階において原判決が事実誤認した例をあげると次のとおりである。

1、架空仕入について

(一) 被告人の架空仕入による脱税の方法は、先仕入と水増し計上である。

水増し計上は、将来ともにこれに対応する税金を納めることはなく、完全に納税を免れる行為と言えるが、先仕入(繰上げ仕入)分は結局次年度に修正される運命にあり、当該単年度の納税を免れるだけで、永久に納税を免れるものではない。

この意味で、両者には納税を免れる意志において、決定的な差異がある。

本件において三年間で架空仕入により被告人が得た利得は次に述べる如く、極くわずかであり、しかも、純粋に被告人のフトコロに入った金額は昭和五九年度の石橋和幸に関する金三八五万円のみである。

(二) 検第四〇号証によると、架空仕入の内訳は次のとおりである。

昭和五九年度

先仕入れ 三社 八、三九一、六六六円(添付資料<1>)

水増し計上 田中産業 八七〇、〇〇〇円

石橋和幸 七、〇五〇、〇〇〇円

河村商会 四、八三〇、〇〇〇円

(有) 大卓 二〇、一〇八、二〇〇円

合計 三二、八五八、二〇〇円

昭和六一年度

水増し仕入れ 一、〇七三、〇〇〇円(前同<18>)

田中産業に対する二、五〇〇、〇〇〇は、現実仕入が認められ誤記帳として修正されている(検四二号)

従って、三年間での水増し計上の合計額は三三、九三一、二〇〇円である。

その七割の二〇、一〇八、二〇〇円が(有)大卓関係である。

(三)、ところで、有限会社大卓について、訴追機関は、被告人が代表者であったことから、いわゆる脱税のためのトンネル会社と見ているフシがある。

しかしながら、大卓との取引は通常の商取引であり、架空仕入についても意図的に操作した結果ではない。

(1)、大卓の設立経緯

有限会社大卓は、昭和五八年四月に設立された座卓の製造メーカーであるが、昭和五七年八月に倒産した株式会社千代田バンボードを被告人が引き継いだものである。

被告人が、(株)千代田バンボードを引き継いだ理由は、同社の代表者及び債権者らから、同社の土地・建物、資材、機械類等一切を買い受けてくれるよう懇請されたためである。

被告人はこの懇請に応じたわけであるが、その結果、債権者への配当も実施し、前代表者親子を含め従業員をも引き継いで会社を再建したのが有限会社大卓である。

(2) 有限会社大卓の取引は高口家具工芸のみであり、高口家具が材料を納入し、完成した製品を一括して高口家具が買い受け、高口家具の販売ルートで売買するという仕組みになっていた。

従って、高口家具からの材料代金、大卓の商品売上金、高口家具の商品仕入金は、ほぼ、裏・表の関係にあったため、ほとんど相殺として処理され、或は、返品として処理していた。

返品処理の状況は、検四〇号資料<1>で明らかである。

即ち、昭和五八年度の残債七、四八一、二〇〇円を翌年返品として処理している。

(3) 被告人は、昭和五九年度の買掛残に相当する仕入分についても同様に返品処理がなされ、次年度に修正したものと考えていたのであるが、事務員への指示が徹底しなかったことと、昭和六〇年一二月を以って大卓の営業を廃止したために、結果的に仕入の水増し計上をしたような事態に陥った。

検四〇号証によると、昭和五九年度の大卓関係の架空仕入分は、翌年度売掛金と相殺という形で、決済されていることになっている。

ところで、相殺の対象となった売掛金については、高口家具工芸の売上高に含まれているのか否か、実は定かでない。

いずれにしても、何らかの修正が必要てあったと思われるが、検察官の証拠開示のない段階においてはその内容は確知できない。証拠開示があった時点で、弁護人らはこの点につき補充弁論する予定である。

2、アルバイト従業員の給与について

(一)、原判決は、アルバイト従業員に対する給与の支払いについて、左の金額が架空計上であるとの事実を認定している(検第五号一七二丁以下)。

なお、この金額にはアルバイト従業員給与以外の諸雑費の水増し分が含まれているが、大半がアルバイト従業員給与であり、一応諸雑費分を無視して考えておくことにする。

昭和五九年 三、三一一、四九五円

昭和六〇年 九、七五四、一三四円

昭和六一年 一、五二〇、五三〇円

(検四〇号により六七〇、〇〇〇円を減額した)

(二)、これらの金額が、架空支払いの計上であるとされる根拠は、

<1>、領収証が架空名義であること。

<2>、支出の記帳のみがあっても、現金出納帳に現金の支出が認められない。

という二点である。

(三)、しかしながら、被告人が営む程度の個人企業にあっては、店主或と店主夫婦人勘定から現金が支出されることはよくあることであり、前記二点のみから、直ちに、架空支払と断ずるのは実態に照らせば早計と言うほかない。

例えば、アルバイトに対する支払いが日給で払われる場合、偶々、事務員が不在の時には、居合せた被告人或は被告人の妻が自己の手もと所持金から立替払いすることがある。

この場合、後日、立替払いの清算をすることになるのだが、清算することなく経過することも多い。

従って、現金出納帳に支払いの記帳がなくとも現実に支払われることはあるし、後日にまとめて支出した扱いすることも実際行われていた。

このような事情について、被告人から十分に聴き取ることなく、前記(二)、<1>、<2>の形式的基準で脱税額を計算すべきではない。

(四)、形式的基準による査定が不自然であることは、売上と経費の割合からもこれを認めることができる。

即ち、一定の売上増に対しては一定の割合で経費が増加するであろうことは常識である。

特段の設備投資がない限り、経費増に占める人件費の割合も一定比率で増加する。

これを昭和五九年と昭和六一年で対比して考えると、本件査定の不自然さが顕著となる。

修正損益計算書によると、昭和五九年度の売上は七〇五、二四五、六〇五円であり、同年度の支払い給与額は五四、七二一、七二三円であるが、昭和六一年度は各々四三三、六一二、七〇一円、五二、三六二、八一〇円となっている。

売上高については、有限会社大卓の有無(昭和六〇年に閉鎖)が売上高の差となっているものであるが、従業員給与は同一水準である。

ところが、調査額によれば、アルバイト給与を含む雑費は、昭和五九年度が五、五三四、七七三円であるのに対して、同六一年度は八、四六一、二九三円と逆転した数字になっている。

昭和五九年度についても、昭和六一年度と同一水準と考えるのが合理的であり、申告額の方が自然であり首肯できる。

昭和六〇年度の申告額は一六、三一四、〇〇六円と突出しているがこれについての原因究明もされていない。

3、短期譲渡所得について

これらの原因は、償却済資産を誤って計上していたこと等に起因するものであって、意図的に所得を隠し、脱税を図ろうとしたものではない。

第三、原判決は量刑不当である。

一、大川家具業界の不安定な構造

大川家具業界で倒産が多発していることは世間に有名な事実である。家具の製造・販売メーカーは次々に大規模な設備投資をしては、激しい過当競争のもとで無理を重ね、一歩経営者が判断を誤ると倒産に至る。その激しさは一年間で一割の事業者が倒産して姿を消してしまうといわれるほどである。

また、大川家具業界では、会社形態をとっていても実体は家族主体の個人営業そのものというところがほとんどであるが、どこも後継者に悩んでいる。このなかで、社長が二代目、三代目となると創業者の苦労を忘れて放漫経営に走り、経営維持が困難になって倒産するというパターンがかなり一般的になっている。すなわち、大川家具業界では老舗というのがきわめて少ないというのが大きな特徴である。

被告人自身、これまで数限りなく不渡手形をつかまされてきた。昨日まで優良企業として衆目の一致する老舗の家具製造メーカーが、今日は倒産して経営者は行方不明になる、ということが何度あったか知れない。相当の資産が蓄えられていたはずであるのに、たちまちのうちに雲散霧消してしまう現実を幾多となく見てきた。本件で登場する有限会社大卓の前身である株式会社千代田バンボードもその一例である。

生き馬の眼を抜くといわれるほど競争の激しい家具業界で少しでも長く生き残ろうとするならば、いくらかでも多くの資産を蓄えようとすることは当然であり、常時そのことを心がけなければその企業は生き残れないという厳しい実情にある。

二、一審検察官は、被告人について犯行の動機について「将来の業績の落ち込みに備えて、自分の財産を少しでも多く蓄えたいと考え」たことを認めつつ、そのことを「何らやむを得ない事情は認められず、単に功利的な利潤追求の目的のために敢行されたもの」として「情状酌量の余地はない」とした。

しかしながら、前記のとおり大川家具業界の実情をふまえるならば、被告人が多数の従業員の生活をかかえる責任ある経営者として節税をしようとしたこと自体は十分理解できるものとして認められるべきである。もちろん、それが節税の枠を逸脱した結果になったこと自体は非難されるべきであろうが、その動機には同情の余地が十分認められるべきである。

三、本件査察による重大な影響

1、被告人の会社は、、本件査察後、いわゆる法人成りをとげたが、売上げは一九八六年度四三三、六一二、七〇一円であった(修正損益計算書にも拘らず、一九八八年五月一日から一九八九年四月三〇日までの一年間の売上げは三三一、〇五六、六一二円(弁第一九号証)と三割近くも減少している。

2、これは、折からの消費税実施による消費者の買い控えによる売上減少という要因も考えられるが、主としては、被告人が査察を受けたことが新聞・テレビ等で大々的に報道されて得意先が被告人の会社との取引を敬遠したこと、或は、得意先自身が査察官から被告人との取引状況について厳しく追及されたことによって、被告人との取引を避けるようになったことによる。

例えば、査察官の調査は、取引先企業の従業員のバッグの中身まで開披させるというものであり、被告人は同社に対し気の毒で顔を合わせられないという気持ちを抱いた。

また、ある企業は、被告人に対する査察後に税務調査を受けたが、これは被告人の査察の結果であると逆恨みに近い感情を抱いたため、被告人との取引は継続が困難になっている。

3、また、納入業者も査察後半減してしまった。

これは、納入業者が査察の影響で被告人の会社が経営危機に直面する恐れがあると、先走った不安感を抱いたためである。

同様に従業員にも心理的不安を与え、被告人の会社から三人のベテラン技術者が退職していった。

四、高額罰金の支払い能力について

1、修正申告の結果、被告人が支払うべき本税、追徴税、加算税の総額は一九六、九四二、四五〇円に上っていた(弁第一号証)が、現在までに支払うことができたのは約一、五〇〇万円であり、未だ、一億八、〇〇〇万円の未払金がある。

右未払金については、未だ、完済するための支払計画すら立てられずにいる。

2、原審弁論でも述べられているが、被告人の資産、収入から未払税の支払が如何に困難かを詳述する。

(一) 不動産収入について

被告人は、自宅兼工場の外に鉄筋七階建のアパートを所有しているが、同土地・建物には一億五、六一二万八七三円の担保が設定されており、その返済額は毎月七六七、九二〇円である(弁一四号証)。

これに対し、アパート賃料収入は毎月一三〇万円前後(共益費込み)であり、租税管理費を差し引くと手取り一〇〇万円程度となる。

従って、負債返済後の利益は月二〇万円強である。

(二) 預・貯金、有価証券について

被告人の預・貯金、有価証券の総額は弁第二号、弁第七号ないし一一号証によると

一三〇、九五七、八一七円

である。

これに対し、同書証によると借入金の合計が

一二〇、〇〇〇、〇〇〇円

に上っている。

従って、実質資産は一、〇〇〇万円ばかりに過ぎない。

なお、借入れ金の使途であるが、何れも、本業である高口家具工芸或は(有)コークチクラフト工業の設備資金、運転資金のために発生したものである。

(三)、(有)コーグチクラフト工業の業績について

以上のことから、被告人の収入の大半を占めるのが、(有)コーグチクラフト工業から支払われる役員報酬、妻の専従者給与、地代の三者であり、その合計は年間二、五〇〇万円程度である。

従って、単純に計算しても未払税額を完納するには、八年近くもの期間を必要とすることが分かる。

これも、(有)コーグチクラフト工業の業績が順調に推移して、始めて可能になるわけであるが、前記の如く、売上げ減少を生じ、一九八八年度決算は赤字となっている(弁第一九号証)。

しかも長・短期を合わせた借入金の合計が一億三、〇〇〇万円を超えており(前同号証)、将来について楽観はできない。

(四)、このような経営状況下において、原判決が要求するような五、〇〇〇万円もの罰金は、とうてい支払えるものではない。

だからと言って、労役留置という事態に至れば、被告人抜きで会社が成り立つわけはなく、即倒産ということになりかねない。

五、被告人は既に十分な社会的・経済的制裁を受けている。

被告人は今回査察・起訴されたことにより、大々的に新聞・テレビ等でほ・報道され、著しく社会的信用が失墜し、経済的にも大幅売上げ減となり、巨額の追徴税の負担にあえぐ状況に追い込まれてしまったものである。

以上のとおり、被告人は既に十分な社会的、経済的制裁を受けており、原判決の量刑は明らかに過重である。

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